館長雇止め・バックラッシュ裁判の情報をお伝えします


by fightback2008
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カテゴリ:原告から( 22 )

近畿市民派議員学習会で三井さんが、すてっぷ館長就任から控訴に至るまでを報告しました。学習会の会場は、まさに三井さんやすてっぷ攻撃が繰り返された豊中市議会の会議室でした。このときの講演草稿をHPに掲載しました。
http://fightback.fem.jp/genkoku_kinkisiminhagiin080414.html

新しい「バックラッシュ年表」 もリンクされています。どーぞ一読ください。

ファイトバックの会Webチーム
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by fightback2008 | 2008-04-18 22:09 | 原告から
男女共同参画推進条例と引き換えになった館長

               条例制定と引き換えにすてっぷ館長排除

                 三 井 マ リ 子
                 館長雇止め・バックラッシュ裁判原告

 私が、豊中市とすてっぷ財団を訴えてから1年がたちました。WWNにはどれだけ力づけられたことか。感謝でいっぱいです。
 館長雇止め・バックラッシュ裁判は、「バックラッシュ(男女平等への反動)」と「非常勤不当雇止め」という二大女性差別問題と闘う訴訟です。合理的理由なく雇止めをし、採用を拒否したことの違法性を追及し、非常勤の使い捨てをするな、という判例を勝ち取ろうという裁判です。背後にある、陰湿なバックラッシュ勢力との闘いでもあります。
 なぜ、豊中市は、極秘に館長の後任候補者リストを作り、「三井さんは3年で辞める」と嘘をついてまで候補者に就任要請をしたのか? バックラッシュ議員は、条例案を攻撃してきたにも関わらず、なぜ賛成起立に回ったのか? 
 3月15日は証人が決まる日。バックラッシュ勢力の政治的圧力に屈して、雇止めをした事を明らかにするには一色豊中市長に、採用試験の不公正さを明らかにするには現館長の桂さんに、証人として出てもらわなければなりません。
 しかし、被告側は、二人を証人に出すことを阻もうとしています。裁判官も同調しそうです。前回の法廷で、寺沢勝子、島尾恵理弁護士は、一色市長と桂館長を証人に出すように裁判官に再度、訴えました。現在、二人は保留となっています。証人に一色市長と桂館長が含まれるようにするアイデアを寄せてください。

Mail fightback@hh.fem.jp
URL http://fightback.fem.jp 
            『WWNニュース 42号』(2006年1月20日)

(P.S. WWNとはワーキング・ウィメンズ・ネットワークの略。リンク先http://wwn-net.org/
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by fightback2008 | 2008-01-30 20:20 | 原告から

年頭にあたって

弁護団の皆さまb0159322_15144463.jpg
ファイトバックの会の皆さま

これまでの絶大なるご支援に心から御礼申し上げます。おかげさまで第2審に向けて船出をすることができました。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

大阪地方裁判所の結果は、「10発殴られたのならなんとかするが、たかが5、6発じゃないか、我慢しろ」というような判決でした。嘘の限りを尽くして私の首を切った豊中市が「無罪」となるようでは、非常勤職は使い捨てのされ放題となってしまいます。

高等裁判所に控訴した後、年末ぎりぎりまで、あらたな証拠書類をまとめる作業をつづけてきました。重要な証拠となる陳述書が、全国から寄せられました。できることなら封印してしまいたい苦悩の日々を思い出し、文章にしたためてくださった50人の方々に、なんとお礼を申し上げていいかわかりません。尊敬と感謝の気持ちでいっぱいです。

2年前、私は,「女性労働の搾取を告発する日」という集会を開催したいという提案をしました。まだ実行できていませんが、お一人お一人の陳述書にこめられた貴重な証言を読ませていただきながら、これは氷山の一角だ、「女性労働の搾取を告発する日」は、ぜひとも実現させなければとの思いを強くしました。

個人的には、敬愛する師、友人、連れ合いの母の逝去に接し、辛い年でもありました(弁護団のおひとり・故中島通子さん は偉大な師そして闘う友でした)。みなさまのご健康をお祈りし、バージニア・ウルフの言葉をお贈りします。

「あなたが亡くなったことによって、私たちは、生きることの大切さをさらに思い知ることになる。 バージニア・ウルフ(訳・三井)
Someone has to die in order that the rest of us should value
life more. ―Virginia Woolf 」


2008年1月7日

三井 マリ子
(館長雇止め・バックラッシュ裁判原告、豊中市男女共同参画推進センター初代館長)


【写真:不当判決に抗議する「天高く怒り燃ゆるデモ」でスピーチする
三井さん。2007年11月。大阪地裁前。おかはしときこ撮影】
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by fightback2008 | 2008-01-07 22:07 | 原告から
HPの更新のお知らせです。

原告から:「右翼勢力のジェンダーフリー攻撃に屈した豊中市」
豊中市男女共同参画センター「館長雇い止め・バックラッシュ裁
判 」札幌集会 (07・10・21) 講演要旨
http://fightback.fem.jp/genkoku_ontusin_07_12_15.html

ファイトバックの会Webチーム
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by fightback2008 | 2007-12-29 01:43 | 原告から

怒りをこめて控訴!

怒りをこめて控訴!

    ー全国から地裁へ抗議ハガキ&高裁へ陳述書、200通以上ー 
                       
                     2007年11月16日
                     三井 マリ子(控訴人)

大阪地裁は、雇用継続を拒否した豊中市らに損害賠償を求めていた私の訴えを全面棄却しました。私は大阪高裁に控訴しました。

2000年、私は全国公募で豊中市の男女共同参画推進センター館長に就任。私の仕事は市などから評価されこそすれ批判されたことはありませんでした。しかし3年後、豊中市は「組織強化」の名の下に04年4月から非常勤館長職をなくして館長ポストを常勤化すると言い出しました。そうなった場合、「第一義的には三井さんです」と私に言う一方、裏では「三井は辞めると言った」との嘘をふりまき、後任館長を密かに決めていたのです。私が「常勤館長をやる意思がある」と表明したこともあって、市は形だけの採用試験をして私を不合格に。その採用試験官には、後任館長探しに狂奔した市の部長が入っていました。 

そのひどい判決であっても、豊中市の嘘と不正を認めています。   
(組織体制変更の情報を)「意図的に秘匿したことは明らか」/(後任館長人事に関して)「原告に情報を開示してなかったことが認められ」/(後任館長候補に「あなたしかいない」と懇請した市の人権文化部長が選考委員だったことは)「公正さに疑念を抱かざる事情といわざるをえない」/「山本瑞枝事務局長は『自分は、原告を裏切った』と述べるに到った」

嘘の限りをつくしての首切り事件。裁判長は嘘・不正を事実として認めたのに、その同じ裁判長が首切りは「違法とまでは言えない」と棄却。女性の人権擁護と男女平等の政策を担う市の部長(常勤職の公僕)が、女性の人権擁護と男女平等施策を誠実に実行してきた女性センター館長(非常勤の女性)を陰湿な手法で排除したのに、それが違法ではないというのです。

「10発殴られたら救ってやるが5、6発だろ我慢しろ」「たかが女の非常勤の話しじゃないか」と言っているような判決です。こんな判決が通るようでは、日本の非常勤職は首を切られ放題です。非常勤職の雇止め、豊中市の嘘・不正の背後にあるバックラッシュという2大テーマを扱う訴訟です。難しいテーマですが、悔しがっているだけでは解決しません。

2007年11月16日現在、地裁への「抗議ハガキ」&高裁への「陳述書」が全国各地から200通以上届いています。みなさんの怒りと支援を糧に2審に向かって歩み始めます。
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by fightback2008 | 2007-11-22 22:44 | 原告から

不当判決!

無念の一語につきます。理不尽に首を切られた苦しみの消えない私をさらに苦しめる不当な判決にほかなりません。このたびの私の雇止めと採用拒否は、バックラッシュ(ⅰ) の動きに屈した豊中市が、すてっぷの組織強化を名目にして画策・実行したきわめて不当なものです。これは、数々の証拠書類によって明らかにされています。私は司法の正義を信じて提訴しました。しかし裁判長は正しい判断をしませんでした。以下、裁判に至る経緯と私の気持です。

2003年11月8日、豊中市の人権文化部(ⅱ)長 は、「すてっぷ館長を非常勤から常勤にする。これは組織強化のためである。正式には理事会で決定される」と私に言いました。市派遣のすてっぷ事務局長は、「万が一常勤になったら、第一義的には三井さんです」と私に明言しました。

それから1カ月後の12月のある日、まったくの偶然から、私の後任の館長の人選が隠密裏に進められていることを知りました。しかも、市は、「三井は辞めることを承諾している」との嘘を振りまきながら次期館長候補をくどいていることもわかりました。非常勤館長ポストをなくすことで私をすてっぷから排除する(雇止めする)ことが画策されているのではないか、と、私は不安に思うようになりました。

さらに2004年1月ごろ、次期館長(常勤)は、すでに寝屋川市の外郭団体非常勤職員桂容子さんに決定しているというネット情報が流れてきました。私がこの一連の豊中市の動きに疑義を抱いたことが原因だと思いますが、市と財団は、常勤館長採用のための選考委員会を立ち上げ、面接試験をすると言い出しました。私は受験を申し入れました。しかし、私は不合格で、桂さんが合格でした。こうして豊中市の嘘と徹底した情報隠しの下で進められた館長排除工作によって、私は職場から追われました。

全国公募で館長に就任以来、私は誠実に仕事をし続け、豊中市や財団からその貢献を評価されこそすれ批判されたことは一度もありませんでした。にもかかわらず極めて陰湿な方法で、雇用継続を拒否され、労働権をはく奪されたのです。私は、この不当性を訴えるために提訴しました。

今日の判決は、2000万人ともいわれる非常勤で働く多くの人たちの権利擁護にとっても大きなマイナスです。さらに館長排除工作の背景にバックラッシュ勢力(国や自治体の男女平等政策を踏みつぶしては快哉を叫ぶ勢力)の圧力があった点に裁判長がまったく理解を示さなかったことは、彼/彼女らに痛めつけられている多くの人たちのことを考えると胸が痛みます。バックラッシュの勢いはひどくなる一方ですが、この判決がそれを加速させるのではないかという強い危機感を持ちます。

2007年9月12日
三井マリ子(原告)

--------------脚注---------------------------------------
ⅰ英語Backlash(反動、逆流)のカタカナ表記。アメリカの女性解放運動への組織的攻撃について著した『バックラッシュ』(スーザン・ファルーディ、1991)が世界的ベストセラーとなったことから、男女平等推進の流れを阻もうとする反動現象をこう呼ぶようになった。日本では、男女共同参画社会基本法成立前後から、地方議会を中心に議員の質問という形をとって、男女平等推進行政の動きに待ったをかける動きが全国にまきおこっている

ⅱ豊中市の男女共同参画行政の責任部局。すてっぷは公設民営の民間法人であるが、実質的にその傘下に置かれている
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by fightback2008 | 2007-09-13 00:22 | 原告から
三井さんの記事が、「議会に女性をおくる会ニュースNo.31」に掲載されました。
2007年8月20日号発行です。以下全文です。

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「館長雇止め・バックラッシュ裁判」 いよいよ判決

      三井マリ子(豊中市男女共同参画推進センター初代館長)


「館長雇止め・バックラッシュ裁判」は、9月12日、判決を迎えます。

非常勤職員使い捨て政策と、バックラッシュ勢力にパンチを食らわせるような判決が出るよう願っています。

私は、2000年秋、大阪府豊中市の男女共同参画推進センター「すてっぷ」の館長に全国公募で選ばれました。「男女平等の精神を社会のすみずみに根づかせよう」と誠実に仕事を続けてきました。評価されこそすれ、クレームをつけられたことなどありませんでした。なのに、理由も明確にされずに首を切られたのです。

採用時の手法の大がかりさと、首切り時の手法の陰湿さ。豊中市の態度の、この極端な落差は裁判の大事なポイントです。

ある日、市は「『すてっぷ』を充実させたいので職員体制を強化するため館長を常勤にする」と言い出しました。次に、「館長ポストを廃止し事務局長をトップにする」と変えてきました。非常勤館長である私を排除するために、ポストそのものを無くそうとしたのです。しかし、館長廃止は手続きが煩雑だとわかり、最終的には、館長職を常勤職にするとしました。

一方で市は、内密に後任の館長を決定していました。そのことを知らなかった私は、常勤ポストに採用される資格があると考えて手を上げましたが、もちろん採用されませんでした。

「あなたは組織に不要となった」と正面きって通告するならまだしも、実に陰湿な手法で首切りをしたのです。情報からの徹底した疎外。労組や評議員やすてっぷ利用者への嘘。公文書の改ざん。あげくは、私に問いただされた部下の事務局長が「私は三井さんを裏切りました」と言い出す始末です。

豊中市は、なぜ、こうまでしたのか。

私や「すてっぷ」を嫌うバックラッシュ勢力が議会にいました。彼らは、「ジェンダーフリーはセックスフリー。家庭崩壊につながる」などと間違ったことを吹聴します。与党なのに、市の「男女共同参画条例案」にも猛反対でした。猛攻を受けた市は、予定していた議会に条例案をかけることを断念します。半年後には条例案を成立させねばとあせる市。猛反対の与党議員。当局は議会対策を重ね、「これで条例案は成立する」と確信を得たところで、次の議会に上程します。その議会で、バックラッシュ議員たちは強固な反対意見を唱えつつ賛成に回ったのです。

この奇妙な事実と私の首切りは関係があると私は思っています。

この裁判は、私自身の尊厳のため、我慢を強いられている無数の女たちの尊厳のためにあると確信しています。最後まで支援をお願いします。

参考:議会に女性をおくる会
http://www5f.biglobe.ne.jp/~okurukai/index.html
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by fightback2008 | 2007-08-30 14:27 | 原告から
HP「原告から」に、新原稿をアップしました。ご覧ください。

■バックラッシュに立ち向かう友へ■
三井マリ子さんが、河野美代子さんの裁判「性教育バッシング広島裁判を支援する会」
ニュースに書いたものです。ニュースは6月15日に出たばかり。バックラッシュの実像がよくわかります。
http://fightback.fem.jp/genkoku_kono07_6_15.html

ふじ みつこ@ファイトバックの会Webチーム
http://fightback.fem.jp/
http://fightback2.exblog.jp/
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by fightback2008 | 2007-06-30 10:56 | 原告から
三井マリ子著作が3本、ファイトバックの会ホームページにアップされました。

■提訴3年目の真実 続き
(『教育労働ネットワーク』 2007 春 No.45)
http://fightback.fem.jp/kyoikurodo_07_4.html

■2年半で東京~大阪80往復!
(『WWNニュースレター 47号』 2007年4月)
http://fightback.fem.jp/genkoku_wwn07_4.html

■結審の詩(うた)
―感謝の言葉にかえて―
(6月6日 大阪弁護士会館にて)
http://fightback.fem.jp/genkoku_uta07_6_6.html

ファイトバックの会Webチーム
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by fightback2008 | 2007-06-11 00:13 | 原告から

提訴3年目の真実

「提訴3年目の真実」と題された三井さん自身の文章が、ミニコミに掲載されました。『教育労働ネットワーク』(2007 春 No.4)という仙台の教員のみなさんが発行している手作り会報です。2月の裁判のことではなく、その前に開かれた2006年10月30日の法廷についての報告となっています。

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「(男女平等の推進を阻もうとする)バックラッシュの攻撃に市は屈したんだと私は思っております。私自身はそういうバックラッシュに屈したくもないし、バックラッシュに負けたくないと思いました」。 原告側尋問の最後に私はこう答えました。

この後、被告側弁護士からの尋問が長く続きました。背中に傍聴席の方から拍手が聞こえてきました。私は、裁判長の真正面に置かれた証言席から立ち上がり、原告弁護団の並ぶ席の一番端に移りました。「次回は12月25日午後4時30分です」と裁判長が言い渡しました。(後略)

全文はこちら
http://fightback.fem.jp/kyoikurodo_07_2.html

ファイトバックの会Webチーム
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by fightback2008 | 2007-03-01 21:48 | 原告から